ノロウイルスと五苓散

ノロウイルスと五苓散 Sports J 12月21日号掲載

日本では今、ノロウイルスによる胃腸炎が大流行だそうです。お子さんを連れて日本に一時帰国を予定されている方にはぜひ五苓散(ゴレイサン)を常備されることをお勧めします。ひどい嘔吐と下痢で、尿量が減り、のどが渇くのにちょっとでも何か飲ませるとすぐ吐いてしまい薬を飲ませるのもままなりません。脱水の危険もあります。このウイルスはきっと二千年前の中国にも存在したのでしょう。漢の時代に書かれた中国医学の最高峰といわれる「傷寒雑病論」という教科書にこれにそっくりの症状が”水逆の嘔吐”として記載されています。飲んだものをすぐにそのままそっくり吐いてしまう、という意味です。水逆の嘔吐のある患者さんに五苓散を飲ませる時は煎じた液ではなく顆粒状のエキス剤を少量の水と片栗粉に溶かしてとろみをつけ、スプーンですくって一口づつ飲ませると吐かなくてすみます。5-10分待って吐かなかったらもう一口飲ませる、このようにして何口か飲ませるうちに多くの場合嘔吐が止まります。

五苓散はおもに水分の代謝異常による症状の改善に使われますが非常に応用範囲の広い漢方薬のひとつで、水逆の嘔吐以外にもさまざまな症状の改善に使われます。あまりに一見関係のなさそうな多様な症状に使用されて効果をあらわすので、2年前日本で”五苓散シンポジウム”なるものが開催されたほどです。これによると脳浮腫・硬膜下血腫・頭痛・みぞおちの痛み・嘔吐下痢・妊娠浮腫・透析に伴う諸症状(頭痛・吐き気・下肢の引き攣れ)・三叉神経痛などに有効例が多かったそうです。古人の知恵には敬服させられざるをえません。

大病は一日にして成らず

大病は一日にして成らず Sports J10月19日号掲載

ローマは一日にして成らず”とは、偉大なことを成し遂げるには時間がかかるので日々の努力が大切であるということを言い表したことわざです。では病気はどうでしょう?”大病は一日にして成らず”ーーそうです。偉大な()病気になるにも日々の努力が必要なのです。まずはストレスをためることから始めましょう。漢方ではストレスのたまった状態やイライラした状態は気が思う方向に動かない、気が滞った状態、ととらえます。気は正常な体の中では物質を動かす、すなわち血の巡りをよくしたり、体液を正常な分布状態にしたりすることや、物質を変化させる、すなわち消化活動や新陳代謝をつかさどっています。ストレスやイライラを毎日地道にため込んでいると、気が滞り、そのため血の巡りが悪くなったり、消化や新陳代謝が低下してきます。気の滞りをそのままにしておくと血が滞るようになります。この状態を漢方では瘀血(おけつ)と呼びます。血が滞って一箇所に固まるようになると”塊”すなわち腫瘍のようなものを形成することがあります。それは現代医学で癌とよばれるものによく似ています。

このような大病を作らないためにはストレスを毎日地道にため込むような努力をしないことが重要なのはもうお分かりですね。いやなことや困ったことがあったら一人でため込まずに誰かに話してみましょう。大変な仕事があるときは終わった時のために何かあらかじめ自分にごほうびを用意しておくのもいいでしょう。気の流れをよくし滞りをなくすには鍼灸治療も効果的です。中国の鍼灸の教科書は”痛是不通、不痛是通(痛みが起こるのは気が通じていないため、痛くないのは気が通じているため)”と痛みの起こる理由を教えています。ですから体のどこかに痛みがあるときは気の滞りが瘀血まで進んでしまう前に鍼灸で治療してしまうのも一計です。また、”下工(下級の医者)は病気を治し、上工(上級の医者)は未病を治す”ともいわれます。20年先の癌をいま治すことは可能です。いつも自分自身の上工でありつづけたいものですね。

風邪には早めの漢方薬をー漢方の常備薬

Sports J 9月21日号掲載

風邪のひきはじめでのどがちょっとかゆいだけ、あるいはちょっと寒気がするだけのときは桂枝湯。これは妊娠中の方の風邪のひきはじめにも適しています。早期発見・早期治療すれば翌日には「あれ、昨日風邪ひいたかなと思ったのは気のせいだったかな?」と思ってしまうくらいよくなってしまうこともあります。熱が上がってきたときや食欲がなくなってきたときは小柴胡湯。嘔吐や下痢があれば五苓散。鼻水とせきが出るようなら小青龍湯。などを用意しておくと便利です。

桂枝湯、小柴胡湯、五苓散はお互いを混ぜ合わせると別な用途にも使えるので重宝します。たとえば、桂枝湯と小柴胡湯を1対1で混ぜると、柴胡桂枝湯という別な方剤が出来上がり、風邪をひきおわった後なかなかすっきり治らないときや、心身症っぽい症状があるときにトランキライザーの代わりに使います。小柴胡湯と五苓散を混ぜ合わせると柴苓湯という方剤になり、風邪から始まった耳の炎症、下痢、嘔吐、むくみや、帯状疱疹のような赤くてじくじくした炎症に使います。

整形外科的な症状には芍薬甘草湯を用意しておくと、急なこむら返り、筋肉痛、腰痛、などの他、風邪以外の急な腹痛、下痢のときに役に立ちます。

漢方薬は効き始めるのに時間がかかる、と思い込んでいらっしゃる方も多いかもしれませんがここにあげた漢方薬は遅くとも2日以内に効果が現れるものばかりです。芍薬甘草湯などはこむら返りのおきたときにすぐ飲むとその場で痛みが和らぐことが多く重宝します。ちなみにこれは子供の夜泣きにも効くことがよくあります。お困りの方ぜひお試しください。

漢方薬をアメリカで買うには、Chinese herb storeに漢字で書いたメモを持っていくのがいちばん手っ取り早い方法です。オンラインのChinese herb storeで買うには方剤の中国語Pin Yin表記が必要な場合があります。賀川漢方クリニックウェブサイトの”漢方薬日本語ーPinYin対応表”を参考になさるのもよいでしょう。

でもやっぱりどれを飲んでいいかわからないとう方はお早めにご相談ください。メールでのご相談も受け付けております。ご利用ください。




漢方の常備薬 使用例


桂枝湯(けいしとう) 風邪のひき始め
小柴胡湯(しょうさいことう) 風邪で熱が上がってきたとき、風邪で食欲がない
五苓散(ごれいさん) 下痢嘔吐
小青龍湯(しょうせいりゅうとう) せきと鼻水
芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう) こむらがえり、筋肉痛、腰痛
小柴胡湯+五苓散 風邪から始まった耳の炎症、熱をもつじくじくした炎症
桂枝湯+小柴胡湯 長引く風邪、心身症

ヒステリー球

Sports J 8/17号掲載

日本では猛暑の中、高校野球が始まりましたね。ヒステリー球とは野球の変化球の一種ではありません。のどに何かつっかえているようで、飲み込もうとしても飲み込めず、吐き出そうとしても吐き出せない、というのどの不快感があり、検査しても異常が見つからないもののことを言います。ストレスからくる不安や緊張が原因と考えられ、緊張すると悪化します。のどに何かが詰まったような感じがするので、のどに癌でもできているのではないかと考えて不安になるとよけい悪化します。そういう方は、「気のせいですから気にしないように」といわれるとますます不安になって悪化するので、きちんと検査をして癌ではないことが示されると、安心して症状が改善します。漢方では二千年前に書かれた金要略(きんきようりゃく)という教科書にこの症状が記載されており、半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)という漢方薬が適用であるとされています。ヒステリー球でお悩みの方、あなた一人ではありません。二千年の昔から人類はこの症状に悩まされているのです。お医者さんにいって検査をしても何も異常が見つからなかったら、ぜひ半夏厚朴湯をお試しください。

半夏厚朴湯のほかにも不安や緊張などの精神的な症状に効く漢方はいくつかあります。いろいろな症状がすべてストレスから来ていると考えられる場合には、抑肝散(よくかんさん)や加味逍遥散(かみしょうようさん)、ささいなことに驚いていつもびくびくしてしまい、よく眠れない方には柴胡加竜骨牡蠣湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)、赤ちゃんの夜泣きには芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)、悪夢に悩まされている方には桂枝加竜骨牡蠣湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)、ふだんはなんともないのに旅行に出かけたり緊張すると腹痛を伴う下痢が起こる場合には痛瀉要方(つうしゃようほう)などがあげられます。お医者さんに「気のせいですから気にしないように」といわれたけれどどうしたら気にしないようにできるのかわからないとお困りの方は一度漢方や針灸をお試しになってみてはいかがでしょうか。

漢方のススメ

Sports J 7/20号掲載

ぐあいが悪くてお医者さんに行っていろいろ高価な検査をしてあちこち調べてもらったのにどこも異常がないから治せませんといわれた。そんな経験はありませんか?本人はぐあいが悪くて困っているのに検査結果はあなたは病気ではありませんという。こういうのを機能的愁訴といいます。日本のお医者さんの7割以上が治療に漢方を取り入れているのは、漢方が機能的愁訴に有効であるのを知っているからです。西洋医学ではある症状の原因がわかってはじめて治療することができるのですが、漢方では症状と脈証、腹証さえあればその西洋医学的原因がわからなくても治療を始めることができます。またせっかく原因がわかって治療を始めても西洋薬の副作用が強くて服用を続けられないという方にも漢方はおすすめです。

漢方ではからだ全体を治療します。ですから複数の症状が同時に治ってしまうことも少なくありません。たとえばある人が冷え性で頭痛もち、めまいもするし消化も遅い、脚もむくむ、としましょう。西洋医学では頭痛薬、めまいの薬、胃薬、むくみを取る利尿剤などを処方するかもしれません。漢方ではこの人のすべての症状は、陽(暖かさ、エネルギー)が不足しているために余分な水が頭、胃や脚にとどまっているためにおこっていると考え、陽を補い余分な水を追い出す漢方薬で治療します。

アメリカに住んでいても漢方の恩恵に浴することは可能です。漢方薬は煎じるのが面倒で家中臭くなる、と思い込んでいませんか?もちろん生薬を煎じて飲む古来の方法が一番効き目がいいのですが、服用に便利なパウダー、カプセルやピルという選択肢もあります。アメリカでは漢方薬は薬ではなくサプリメントとして扱われているので処方箋なしで買うことができます。しかし使い方を間違えるとよくならないばかりかかえって症状が悪化したり、新たな症状が出てきたりすることもありますので専門家の診断の下にお使いになることをおすすめします。

痛くない針の話

Sports J6月15日号掲載

針を痛くなく刺すにはどうしたらいいのでしょう?痛みを感じるのは皮膚のごく表面だけなのでできるだけすばやく皮膚に挿入することで痛みを最小限に抑えることができます。昔の中国の鍼灸師たちはいかに正確にいかにすばやく針を挿入できるかを訓練し競ったといいます。たとえば水を張ったたらいにリンゴを浮かべ、水をこぼさないようにすばやくリンゴに針を刺す練習。腕を振り下ろす勢いを使って針を勢いよくしかも正確にツボに挿入する練習。実物大の銅でできた空洞の人形のツボに穴を開けておき、外側にロウを塗りかため中に水を満たし、正確なツボに針を刺したときだけ水が出てくるという実技試験。

正確さに訓練がもとめられるのは今でも変わりませんが、上記のような訓練をしなくても痛くなく針を刺すための強い味方が江戸時代に日本で発明されました。杉山和一という盲目の鍼灸師が針の修行中、なかなか上達しないため破門されてしまいました。失意のうちに江ノ島の弁天様におまいりした時、石につまづいて転んだ際脚に松葉がつき刺さりました。松葉のような柔らかいものがどうして脚の皮膚を突き通すことができたのか?その松葉は竹の筒の中から突き出ていたのです。これにヒントを得て杉山和一は、針を針よりちょっとだけ短い筒に入れ、筒に入った針を体の表面に置き、筒から少しだけ突き出している針の柄を指で軽くたたくことで痛くなく瞬時に針を皮膚に挿入する方法ー管鍼法ーを発明したのでした。現在では私を含め多くの鍼灸師がこの方法を使っています。

針灸についての講演会を礎の会(サウスベイジャパニーズコミュニティネットワーク)主催で7月21日午前10時半よりサンホゼ友愛会ビルディングにて行います。詳しくはwww.yuaikai.org/ishizueをご覧ください。

アレルギー性鼻炎と漢方

Sports J3月16日号掲載

アレルギー性鼻炎と漢方

暖かくなってきていろいろな花が咲き始めましたね。外に出るのが楽しいはずのこの季節、アレルギー性鼻炎で苦しんでおられる方にとってはつらい季節ですね。せっかくの良い天気も美しく咲き乱れる花々も楽しむ気持ちになれないものです。

一口にアレルギー性鼻炎といっても、漢方ではおおまかに寒タイプと熱タイプに分けてして対処します。透明な鼻水がたくさん出て涙やくしゃみがよく出る方は寒タイプと考え、からだを温めて余分な水分を追い出す作用のある小青竜湯などの漢方薬を処方します。

漢方薬は効き目が出るのに時間がかかると思っていらっしゃる方も多いと思いますが、日本の漢方医、山本巌先生はお医者さん相手の漢方の講演会にこの漢方薬を持っていって、聴衆に「アレルギー性鼻炎の方はいらっしゃいますか?」とたずね、粉末の漢方薬をその場で飲んでもらい、くしゃみは5分、目が痒い、鼻水が出るなどの症状は15分くらいで止まるのを観察されたそうです。

逆に鼻が詰まる、鼻水が粘って黄色い、暑くなると悪化し、冷やすとよくなるという方は熱タイプと考え、少し冷やす作用のある葛根連湯などの漢方薬を処方します。

杉や草花の花粉は昔からあったのにどうしてアレルギー性鼻炎は近年になって急に増えてきたのでしょう?過剰な鼻水や涙などは漢方では過剰な水分すなわち「水毒」のしわざと考えます。水毒はからだを冷やしたり、甘いものを食べ過ぎたりすると発生します。昔はそう簡単に甘いものは手に入らなかったのでからだに「水毒」がたまりにくく、アレルギー症状が出にくかったのかもしれません。山本巌先生は、いくら漢方薬を飲んでも甘いものを食べていたら治りません。甘いものを食べたら誰でもなります。とおっしゃっていたそうです。ストレスがたまるとつい甘いものがほしくなりますが適量にとどめておくようにしたいものです。